Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

婚姻規則と群

人類学者の講演を聴く機会があったのだが、それで、未開社会の婚姻規則の話はやはりちょっと面白そうだという気がしてきて、その後自分で少し調べてみた。とりあえず、昔読んだことのある橋爪大三郎『はじめての構造主義』を家の本棚からひっぱりだして、関連する箇所を再読。補足しつつ、適当にまとめてみる。なお、ページ数は橋爪の本。

 

アボリジニのカリエラ族は、次のような婚姻規則を持っている。この部族には、A1, A2, B1, B2という4種類の婚姻クラスがある。A1の男女はB2の男女としか結婚できず、A2の男女はB1の男女としか結婚できない。A/Bは母系の半族をあらわし(双分組織)、1/2は居住集団をあらわす。A1の父親とB2の母親の子供はB1の婚姻クラスに属し、A2の父親とB1の母親の子供はB2のクラスに属する。B2の父親とA1の母親の子供はA2のクラスに属し、B1の父親とA2の母親の子供はA1に属する。p.81

カリエラ族の婚姻規則は、クラインの四元群という構造をもつという。橋爪はまず、クラインの四元群とは何かを、異なる四文字からなる文字列の置換全体からなる群(対称群S4)の部分群を例にとって説明する。S4には4! = 24個の元があるが、クラインの四元群は4つの元をもち、それぞれ

  1. なにも置換しない(単位元I)
  2. 1文字目と2文字目、3文字目と4文字目を置き換える(α)
  3. 1文字目と3文字目、2文字目と4文字目を置き換える(β)
  4. 1文字目と4文字目、2文字目と3文字目を置き換える(γ)

となっていある。この代数系は、操作の合成に関して閉じており、群の公理をきちんと満たしている。

ではカリエラ族の婚姻規則をみてみよう。橋爪の記述は読みづらいが、次のように考えれば、クラインの四元群と同型になる、と言いたいのだろう*1。p.181

  1. 自分自身のクラスを返す関数(単位元I)
  2. 婚姻クラスCに属する男の子供となる人のクラスをα(C)
  3. 婚姻クラスCに属する女の子供となる人のクラスをβ(C)
  4. 婚姻クラスCに属する人の結婚相手となる人のクラスを返すγ(C)

α, β, γが具体的にどのような操作なのかは、上で述べた婚姻規則から明らかなはず。

さて、これだけの指摘なら大したものではないと思われる。クラインの四元群と同じ構造をもつようなシステムなんていくらでもありそうだし。

しかし、レヴィ=ストロースはもっと複雑な婚姻規則をもつ部族であっても、群論の用語で統一的に記述できることを示したらしい。それを考えるヒントとして、まず、カリエラ族の婚姻規則には他にもさまざまな同値記述があるということを述べておく。例えば、註で参照したサイトで紹介されているのは、婚姻タイプという概念を用いる方法だ。婚姻タイプは次のように定義される。

  1. 各個人は(男であれ女であれ)一つの定まった婚姻タイプを持つ。
  2. 同一の婚姻タイプを持った男女のみが結婚することができる。
  3. 各個人の婚姻タイプは、親の婚姻型と自身の性のみで定まる

カリエラ族の場合、4つの婚姻タイプがある。例えば、A1の男性とB2の女性は婚姻タイプ1、A2の男性とB1の女性は婚姻タイプ2、B1の男性とA2の女性は婚姻タイプ3、B2の男性とA1の女性は婚姻タイプ4とする。それぞれの婚姻タイプに応じて、息子と娘の婚姻タイプは一意に定まる。親の婚姻タイプを入力として、息子の婚姻タイプを返す操作をf, 娘の婚姻タイプを返す操作をgとする。f, g によって生成される群は、やはりクラインの四元群となる。

この婚姻タイプの概念を使ってさまざまな部族の婚姻規則を統一的に記述するということを、レヴィ=ストロースの協力者となった数学者のアンドレ・ヴェイユは行ったらしい。例えば、カリエラ族よりもう少し複雑な婚姻規則をもつアランダ族の婚姻規則を、婚姻タイプの概念によって記述してみよう*2

アランダ族は、カリエラ族と同じようにAとBという二つの母系半族からなる双分組織をもつが、カリエラ族とは違って、4つの居住区域に分かれている。そのため、合計で2×4=8通りの婚姻クラスが存在する。A1の人はB3の人と結婚して、A2の人はB4の人と結婚し、A3の人はB2の人と結婚し、A4の人はB1の人と結婚する。A1の父親とB3の母親の子供はB1に属し、A2の父親とB4の母親の子供はB2に属し、A3の父親とB2の母親の子供はB3に属し、A4の父親とB1の母親の子供はB4に属する。B1の父親とA4の母親の子供はA1に属し、B2の父親とA3の母親の子供はA2に属し、B3の父親とA1の母親の子供はA3に属し、B4とA2の子供はA4に属する。

カリエラ族の場合と同じように、アランダ族の各人も固有の婚姻タイプをもつ。ただし、今回は4つではなく8つの婚姻タイプが存在することになる。さきほどと同様に、親の婚姻タイプを入力として、息子の婚姻タイプを返す操作をf、娘の婚姻タイプを返す操作をgとする。詳細は省略するが、f, g によって生成される群は、8つの元をもつ(つまり、位数8の)正二面体群D4になる。

正二面体群にはいろいろな種類があり、クラインの四元群はD2とされる。二つの群を比較してみると、D2では交換規則が成り立つ(つまり、アーベル群)のに対して、D4では交換規則は成り立たない。興味深いことに、交換規則が成り立つかどうかは、ヴェイユの婚姻モデルではかなり実質的な意味をもっており、交叉イトコ婚ができるかどうかという条件と同値になるらしい。カリエラ族では交叉イトコ婚OKだけど、アランダ族ではダメだ、と*3

この辺までくると、橋爪の本を読んだときよりは、レヴィ=ストロース群論を使って婚姻規則を記述したことは、意義があったことではないかという印象の方が強くなる。さらに複雑なムルンギン型の婚姻規則について調べてみると、もっと面白くなるかもしれない・・・*4

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*1:KENQ_Nikki というサイトでは、橋爪の言っていることは意味をなしてないと書かれているが、好意的に読めば下のように解釈できると思うよ。

*2:橋爪の本では、アランダ族への言及はあるものの婚姻規則までは紹介されていない。そこで、共同体社会と人類婚姻史 というサイトで述べられているのを参照した。

*3:この点、橋爪の記述は間違ってると思う(『はじめての構造主義』p.98)。彼の記述は、アランダ族でも両方交叉いとこ婚が認められると言ってるように読める。

*4:ムルンギン体系