Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

クサンティッペ

ソクラテスの妻クサンティッペは悪妻として名高い。彼女にまつわるエピソードとして、次のような話がある。

初めのうちはがみがみと小言を言っていたが、のちには彼に水をぶっかけさえしたクサンティッペに対して、彼はこう応じた。「ほうら、言っていたではないか。クサンティッペがゴロゴロと鳴り出したら、雨を降らせるぞと。」

彼はよく、気性の激しい女と一緒に暮らすのは、ちょうど騎手がじゃじゃ馬と暮らすようなものだと言っていた。「しかし、彼ら騎手たちがこれらの馬を手なずけるなら、他の馬もらくらくと乗りこなせるように、ぼくもまたそのとおりで、クサンティッペと付き合っていれば、他の人々とはうまくやれるだろう」と言ったのである。*1

最初のエピソードは中世の人々にとってもお馴染みの話だったようで。例えば、アベラールの「厄災の記」にはこうある。

あるとき彼は、階上からクサンティッペがとめどもなく罵言を浴びせるのをじっと我慢していたが、その上汚い水をかけられると、ただ頭を拭いて、「こういう雷の後では一雨くるのはわかっていたよ」とつぶやいてそれに答えただけだった*2。 

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Luca Penni作「ソクラテスクサンティッペ」(1550年頃)

ただし、こうしたクサンティッペ悪妻説はプラトンの記述の中に根拠があるわけではないようだ*3。気が強い女性ではあったのだろうが、例えば、『パイドン』の冒頭をみると、獄中で死に際したソクラテスを訪ねて泣き崩れたという描写があり、普通の女性という印象をうける。

藤忍随『プラトン』(岩波新書)によると、Xanthippeという名前が語源的には「栗毛色の雌馬」という意味になることから、後世の人が面白おかしく色々な逸話をでっちあげたのだろう、とのことである。

Postscript (2019/8/21)

ルゴフ『中世の知識人』p.57によると、『ヨウィニアヌスに反駁する』は12世紀に広く読まれた著作で、賢者の結婚を非とするような考え方を広めるのに役立ったらしい。これが、宮廷恋愛の誕生や、アベラールがエロイーズと結婚しなかったことの原因の一つとなった。クサンティッペを悪妻とするのは、ソクラテスは結婚なんてすべきじゃなかった、という例証としてなのだろうか。

*1:ディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』上pp.147-148

*2:『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』p.37. アベラールは、この箇所をヒエロニムスの『ヨウィニアヌスに反駁する』第1巻から引用しているそうだ。そんな文献知らんがな…

*3:cf. 納富『哲学者の誕生』p.302