Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

クラスの混同

上野千鶴子構造主義の冒険』(1985年)p.70から。 

「支配の正統化」とはウェーバーが定式化して以来、支配に内在する永遠のパラドックスである。このパラドックスは、正統性は自らの内には正統化根拠を持たない、という矛盾に起因する。正統性が自らの正統化根拠を自らの内に求めることは、「クラスの混同」というラッセルの矛盾を冒すことになる。

正統性の根拠を自らの内にもつことはできない、という話がどうしてクラスパラドックスの話にすり替わるのか。「タイプの混同」なら分かるが、「クラスの混同」というフレーズは奇妙ではないか。…といった疑問がすぐに浮かんだ。しかし、その後でもう少し冷静になってみると、「この時代の社会学業界では、数理論理学の話題と無理やりでもいいから結びつけないと学者とみなしてもらえないといった空気が支配していたのだろうなぁ」という感想にかわった。