Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

心のウィルス

先日の記事で書いたように、ドーキンスの『神は妄想である』に目を通したので、関連しそうな別の本にも目を通してみた。別の本というのは『悪魔に仕える牧師』なのだが、手に取るまでこの本がエッセイ集だということに気付いてなかった…。

悪魔に仕える牧師

悪魔に仕える牧師

 

 

目次をみて面白そうな章をつまみ食いしたところ、『神は妄想である』でも見かけたのと同じ論点がチマチマ出現しているのに気づいた。なるほど、こうやって色々な媒体で発表してきた宗教に対する不快感をまとめ上げたのが『神は妄想である』なのだな、と思った。

少し長めのエッセイの一つに「心のウィルス(Viruses in the mind)」というのがある。これは哲学者ダニエル・デネットの献呈論文集に収録されていたエッセイ。いわゆるウィルス、コンピュータ・ウィルス、そして心のウィルスとしての宗教、という順番で気の利いたコメントを提示する、というのが大まかな構成。宗教的な信仰は疫病のように伝播する、たいていの場合は親から。奇跡的な出来事は信仰が生じる感染源として機能しうる、などなど。

分析哲学者にとってはウィトゲンシュタインフレーゲの解説書でお馴染みのアンソニー・ケニーは、若い頃は聖職者だった。しかし、最終的には、カトリック信仰内部の明白な矛盾にもはや耐えきれなくなったために、聖職位を放棄したという。この経緯は、自伝的著作A Path from Rome (1986) に記述されているらしい。ケニーほど賢い人が信仰を捨てるまでに30年ほど時間を要したことを考えると、この病はきわめて強力だったのだろう、とドーキンスは言う。

ちなみに、ケニーの同僚だったマイケル・ダメットは死ぬまでカトリックの信仰を手放さなかったと思うのだが、ドーキンスに言わせれば、ダメットはこの病を克服できなかったということになるのだろう。恐るべし。

ひょっとしたら、現代の大陸哲学を毛嫌いする分析哲学者の中には、大陸哲学も心のウィルスだと言う人もいるかもしれない。ちなみに、『悪魔に仕える牧師』にはソーカル&ブリクモン『知の欺瞞』の書評も収録されている。ドーキンスポストモダニズムに冷笑的なのは言うまでもない。

ちょっと前、ユダヤに対する偏見に満ちたハイデガーの『黒ノート』なる書物が公開された。そして、ハイデガー協会会長のギュンター・フィガールは『黒ノート』の衝撃に精神が耐えられず、会長職を辞任したことが話題になった*1。彼は病から癒えたのだろうか。

*1:2002年の新書、古東哲明『ハイデガー=存在神秘の哲学』p.16では、「遺稿『哲学への寄与』をはじめ、たくさんの未公刊文書があらわれた。…もう隠しだてするものなどほとんどない(手記遺稿『エルアイクニス』や『省察』などいくつかの資料が待たれる程度)」と言われていたのだが…。

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