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Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

男女平等と家族制の廃止

プラトンは『国家』5巻で男女平等を主張した(451B-457B)*1。それは当時の世界では喜劇の題材になるほどの非常識だったが、驚くべきことに現在では実現しつつある。

プラトンはさらに続けて、家族制の廃止というアイデアも打ち出した。もっとも、こちらの方は今も昔も人気がない。ここでいう家族制の廃止とは、個々人の結婚相手をある種の優生学的な理由で国家が決定し、なおかつ、養育・教育も国家が担うということを意味する。結婚相手を国家が決めるというのは、マンガではありうる設定ではあっても*2、現実に実現することはさすがにないだろう。アリストテレスは家族こそが共同体の基本だと考え、血縁による親子を重視した。自然な愛情があってこそ共同体は成立する、と論じている。多くの人がアリストテレスに同意するのではないだろうか。とはいえ、プラトンの発想を(全面的にではないだろうが)評価する人もごく一部にいることも付け加えておこう。ゴドウィンが有名だが、最近の論者では、東浩紀が次のように述べている。

プラトンの『国家』では、子供を共和国で共有することになっていましたよね。子供を共有することが合理的な世界をつくるためには必要なんだという発想は、長いあいだ意味がわからなかったんです。しかし、いまはわかる気がします。子供を持ってしまうと、人はある時空にしか生きられないということ、そして、自分が死んだ後には自分の身体を分有したものがやはり特定の時空で生きつづけるということを強烈に意識してしまう。だから、普遍的な立場に立ちにくくなる。プラトンはそれがわかっていたのだなあと*3

*1:男女平等の主張と矛盾するようだが、『ティマイオス』では女性は前世では放埒な男性だったと主張している(42c, 91a)。ピタゴラス派は輪廻転生を信じていたらしいので、前世なるものを前提しているのはまぁいいとして、それでもこの主張は女性蔑視と言われても仕方ないと思うぞ。

*2:例えば、ムサヲ『恋と嘘』

*3:ナショナリズムゲーム的リアリズム