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Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

ナチスの手口

録画しておいたのを今更ながら視聴した。それで思い出したのだが、麻生太郎氏が、ナチスの手口に学んだらどうか、という発言をして問題になったことがあった。この発言が問題であることの一つの説明は、「ヒトラーは民主主義により、きちんとした議会で多数を握ってきた」という考えは歴史的事実ではない、と言うことなのだろう。実際、そう指摘した人もいる。

ナチスは1932年7月の総選挙で第一党となり、33年1月に党首のヒトラーが首相に任命された。第一党になったのは事実だが、ナチスの得票率は37%だった。
ヒトラーは就任後すぐに議会を解散し、3月に予定された次期総選挙で反対勢力を封じ込めようと画策。2月に国会議事堂放火事件が起きると、早々に犯人を共産党員だと決めつけ、党員の大量逮捕を図った。共産党員は潜伏せざるを得なくなり、同党は総選挙で議席を大幅に減らした。
さらにナチスは、当選した共産党員の議員資格も剥奪するなどし、全566議席中、過半数の288議席を得ることに成功した。 
総選挙後、立法権や予算の編成・執行権を国会から政府に移す「全権委任法案」を提出。事実上の憲法修正法案だったため「全国会議員の三分の二以上が出席し、三分の二以上の賛成」が必要だった。
そのままでは三分の二に足りないナチスは、共産党員に加え、同じ反対勢力の社会民主党員も恣意的に逮捕するなどして裁決の分母から除外。無理やり三分の二以上の賛成に持ち込んだ。 
池田名誉教授は「『いつの間にか…』なんて話ではなく、ドイツ全体が大変な騒動になった。その渦中で全権委任法は成立した。総選挙でのナチスの得票率は43%に過ぎず、過半数は支持していない。大きな摩擦があったことは容易に推察できる」。*1

このドキュメンタリーを見ることで、ようやく池田氏の指摘の意味を理解できた。