このブログ、これまで社会学をほとんど話題にしていないので、これでは看板に偽りありかなと思い、ウェーバーの『プロ倫』を読み始めた。読んだことなかったんですよ、これ…。
読み始めて思ったけど、大学1年生とかに読ませるには相当にキツい本だ。岩波文庫版で読んでいるのだが、訳注とかもっとあればいいのに。例えば、資本主義の精神は一般的な概念というよりも個体なので最近類と種差では定義できない、とかどんだけ古風な定義観なんだ(p.38)。
しかし、よく分からないのは、資本主義の精神は個体であると言い放った後に、フランクリンの「時間は貨幣だ」という格言を引用するのだが、それを個体の「例示」とか言っていること。何が何だか…。
どうでもいいけど、中山訳に対するAmazonのあるレビューが秀逸だった。
池田信夫氏はウェーバー以外にケインズも大嫌いなハイエク信者で有名ですけれども、彼がボロクソに言う学者の本ならおそらくすばらしいのだと思い読んでみました。池田信夫のアンチ法則どおり、すばらしい本でした。
オチのつけかたに様式美を感じる…。ちなみに、その池田信夫だけれど、
といつも通りのドヤ顔である。しかし、肝心の『プロ倫』を見てみると
フランクリンは自伝で、彼自身どの教派にも属さない理神論者であったにもかかわらず、聖書の句(この句は彼のいうところによると、厳格なカルヴィニストの父が青年時代に繰り返し教えたものだ)を引用しながらこう答えている、 p.48
あれ?