Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

サピア=ウォーフ説

サピア=ウォーフ説、つまり、いわゆる言語決定論は、ヘロドトスギリシャ人とエジプト人の思考様式の違いを言語の違いに求めたのが最初だという話があるらしい*1。まったく聞いたことがなかったので、調べてみた。

ネットで適当に検索しまくったところ、次の文献がヘロドトスについて言及しているのが分かった。

冒頭から引用する。

Herodotus (who suspected that Egyptian behavior was often opposite to Greek behavior because Egyptians wrote from right to left whereas Greeks, by then, wrote from left to right)

これだけで、『歴史』のどの箇所を参照しているのかわからなかった。が、頑張って調べたら、次の箇所が関連してそうだと気づいた。

ギリシア人は文字を書いたり計算をする時、手を左から右へ運んでするが、エジプト人は右から左へする。それでいながらエジプト人は、自分たちが右向きに書き、ギリシア人は左向きに書くのだといっている。*2

しかし、文字を書く方向が逆であるがゆえに、思考様式が逆だ、とは書かれていないように思った。私が見落としたのだろうか。しかし、いちおう少し前から読んでみると、35節に

エジプト人はこの国独特の風土と他の河川と性格を異にする河とに相応じたかのごとく、ほとんどあらゆる点で他民族と正反対の風俗習慣をもつようになった*3

と書かれており、ここからしばらく、エジプトとギリシアで正反対になっている風俗習慣が羅列されていく。文字を書く方向の違いはその一環として語られている。

*1:橋元『メディアと日本人』p.189

*2:『歴史』2巻36節、岩波文庫上巻p.212

*3:岩波文庫上巻p.210

マット・リドレー『進化は万能である』

マット・リドレーの『進化は万能である』を読んだ。彼の本はまえに『徳の起源』を読んだことがあるが、翻訳のせいなのか読みづらくてよい印象がなかった。それと比べると、今回読んだ本はずっと読みやすい。ただ、多種多様な話題をあつかってるため、一章ごとの内容は割と薄い。

公的資金をもとにした科学研究に対する懐疑的な論調(7章)とか、公教育に対する懐疑的な論調(10章)とかを見ると、著者はリバタリアニズムにシンパシーがありそうな気がする…。なお、12章の注で、最近リバタリアンの間で再評価の進んでいるスペンサーが擁護されている*1

一番違和感があったのは人口問題を扱っている11章の後半。壮大な悲観論を展開したローマクラブなどに対する批判には同意するが、もう出生率が十分下がっているかのような書き方はどうだろう。人口置換水準の2.0を大きく上回る国は途上国にまだまだたくさんあるのだし。あと、人口爆発への答えは、強制不妊や乳幼児の高い死亡率を維持することではなくむしろ赤ん坊を生かし続けるのがよい、そうすれば人々は家族を少なく維持するように計画することだ、とあるが、それは一つの要因になるとは思うけど、もっと出生率を下げるには女子教育が重要だと思う。

*1:この注でスペンサーを貶めた政治学者として「ダグラス・ホフスタッター」という名前が出てくるが、「リチャード・ホフスタッター」の間違いだと思う。

ガリレオの話

Amazonを見ていたら、君塚『ヨーロッパ近代史』というちくま新書Kindle版が妙に安く、またレビュー評価も高かったので、なんとなく買ってみた。タイトルに似合わず、章ごとに時代を代表するいろいろな人物を取り上げる人物伝になっているのが特徴的。ダヴィンチ、ガリレオダーウィンなど科学史に属する人物が多めに取り上げられているのも興味深い。そして、評判がよいだけあってとても読みやすい。

ただ、注意して読んでみると、ところどころで首をかしげたくなる記述もある。ガリレオの章について取り上げておこう。Kindle版を買ったのでページ数を記すことができないことを断っておく。

やがて彼自身も結婚し妻子を持つようになると

ガリレオはマリナ・ガンバと内縁関係にあったが、結婚していない。

凸レンズは拡大鏡として、凹レンズは一三世紀後半には老眼の矯正用に使われるようになって

老眼鏡も凸レンズを使うのではないだろうか。近くの物が見えないのだから。

ガリレオは、地球が西から東に自転しているとも論じていたが、クラヴィウスはこれも支持

クラヴィウスは数学の地位向上に貢献したが、ガリレオの新発見についても割合慎重な態度をとっており、地動説なんかはもってのほかだったのではないかと思う。著者も名前を挙げているプリンシペの本には次のようにある。

クラヴィウスは、・・・ガリレオの発見は天の構造の再考をうながすものだと述べました。クラヴィウスと他の多くの者は地球中心説を保持していたにもかかわらず、何人かの若いイエズス会天文学者太陽中心説に転向したように思われます。

これは『科学革命』p.87からの引用。ただ、著者がこの本を参照したのかどうかはわからない。

ガリレオは、弟子の名前を使って論稿を発表し、彗星を「月より上の世界」の問題であると、控えめながらも論じ

『偽金鑑識官』のガリレオは、むしろ彗星が地上の現象だと論じたのだと記憶している。

ガリレオの彗星についての意見は、さきのアリストテレスとブラーエとの理論を、グラッシとは正反対の仕方で妥協させ、調停したものであった。つまりアリストテレスに従って、彗星は幻日や虹と同種の月より下の大気内の現象であり、大気から垂直に上昇した蒸発気が太陽光線を反射しているのだと考え、また、ブラーエに従って、回転運動はせず、直線運動をしていると考えた*1

そして、章の最後のほうで、ガリレオが裁判で有罪になったのは、30年戦争でスペインの援助を仰ぎたかったカトリックガリレオをいけにえに捧げたから、という陰謀論が提示されている。この話ははじめて聞いたのだが、誰が言っているのだろう。はじめて聞いたので判断はペンディングにするが、正直なところ眉唾ではなかと思う…。

*1:青木『ガリレオ』p.97

ケルヴィン、グラスゴー大学

科学史の小ネタ。

スコットランドグラスゴー大学教授だったケルヴィン卿は*1、1901年に日本政府から勲一等瑞宝章を贈られた。その経緯は次のようである。

明治政府は西洋の科学技術を導入するため、1870年に工部省を設置して、そこを窓口として多くの外国人を雇った。1885年に同省が廃止されるまでに588人が採用され、国別でみると英国が圧倒的に多く、455人に及ぶ。そして、英国人の中でも、グラスゴーでケルヴィンの教えを受けた者など、なんらかの形で彼とかかわりをもつ人々が多く含まれていたという。お雇い外国人たちの元締めのような地位にあったケルヴィンの功績を高く評価して、明治政府は1901年にケルヴィンに勲一等瑞宝章を授けた。

勲一等というのは、ケルヴィンが外国人であることを考えれば破格の待遇であるという。なお、1901年はグラスゴー大学の創立450周年にあたり、明治政府としても花を添えてあげるという意図があったのかもしれない。そして、翌1902年には日英同盟が締結される*2

以下の動画をみると、グラスゴー大学が日本の近代工学に与えた影響の大きさがわかる*3。ただし、ケルヴィンは登場しないが。

 

www.youtube.com

*1:「ケルヴィン」とは、グラスゴーを流れる川の名前だという。小山慶太『異貌の科学者』p.66

*2:ここまで、小山慶太『異貌の科学者』pp.69-72

*3:cf. 山本義隆『近代日本150年』pp.44-55

世界哲学史4

しばらく閉まっていた地元の図書館が再開した。ここのところ本を読んでいなかったので、気晴らしにこんな本を読んでみた。全部を読むつもりはなく、気になった章だけつまみ食い。6章「中世西洋の認識論」と7章「西洋中世哲学の総括としての唯名論」に目を通してみたのだが、どちらも面白かった。中世の志向性理論が光学(視学)の影響下に展開されたとか、「志向性」の現代哲学での用法との違いとか、よく知らなかったので勉強になった。

そういえば、元外交官の佐藤優が「ウィクリフ宗教改革」というコラムを書いている。一瞬とまどったのだが、考えてみればこの人は同志社の神学部の出身なのだったね。

「あとがき」で山内志朗が、タンピエの譴責によってアリストテレス哲学という学問の自由が抑圧されたことで近世の機械論的自然観が出てきたという歴史観デュエム・テーゼと呼んで、禁令なんて有名無実だったのだからデュエム・テーゼなんか今では顧みられもしない、と書いているけど、本当かな。古川『科学の社会史』では、デュエムの研究をずっと好意的に紹介していたと思うのだが。

論争に値しない論争

仕事が忙しくて本を読む時間がぜんぜんとれないのだが、気晴らしに手に取ってみた本を読んで、さらに暗澹とした気分になったので紹介してみる。

読んだのは小谷野敦現代文学論争』。小谷野氏の本を私はほとんど読んだことがなくて、たしか『日本文化論のインチキ』を以前読んだくらいだったと思う。これは結構参考になったので、同じような読後感を期待して今回のも読んでみたわけだが…。

たしかに、よく調べていて情報量も多い。門外漢だからケチをつけるところも全然ないのだが、もしこの本で言ってることが大筋で正しいとすると、論争の内容はしょうもないものがゴシップレベルのものが非常に多いという印象。というか、よくこのような話題をここまで掘り下げて調べたなぁ…というのが正直なところ。いちおう売り物の雑誌媒体でこのレベルのやり取りが大々的になされたのだとすると、ネット上の論争が論争の体をなしていないというのもあんまり馬鹿にできないではないかなぁ。

とりあえず、自分の中では三好行雄の評価が上がったのが収穫(?)だった。

病は気から

アヘンを服用するとなぜ眠くなるのかという疑問に、それはアヘンに催眠力が備わっているからだ、と言っても何も説明したことになっていない、という話がある。出典はモリエールの『病は気から』という戯曲らしいが、この話の社会的な背景は次のようなものらしい*1

18世紀まで、医者(内科医?)にかかる人は病気の原因について理解できなかった。医者はよくわからない専門用語をしゃべることで評判が悪く、でたらめでつじつまがあわなかった。パラケルススのような改革者が現れたこともあったが、他に代案がなかった。

そこでモリエールだが、彼は肺結核にかかって、おそらく多くの医者にかかっていたに違いない。彼は医者の尊大さと無能ぶりを良く知っていた。先ほど挙げた催眠力の話も、小難しい言葉を使いやがって何も説明してないじゃないか、という恨みがこもっているということだろうか。ちなみに『病は気から』の冒頭にはこうある。

お医者さま、あなたの知識はまるで幻

ばかげた治療に、むちゃくちゃな指示

御大層なラテン語では、病気はまったく治りませぬ

むかつくようなこの思いを、わたしは耐えねばなりませぬ

この悲しみの中、確かなことはただ一つ

お医者様、あなたの知識はばかげてる

 

*1:ブルモア『うつは炎症でおきる』4章