Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

システムの科学

システムの科学

システムの科学

  • 作者: ハーバート・A.サイモン,稲葉元吉,吉原英樹
  • 出版社/メーカー: パーソナルメディア
  • 発売日: 1999/06/12
  • メディア: 単行本
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有名な本だけど*1、どのくらいの人がちゃんと読んでいるのか怪しい本でもある。限定合理性の重要性を説いた本、という程度の認識の人が多いのではないかと疑ってみる。

私自身の印象だが、この本の日本語訳は誤訳が多く、とても読みづらい。まず、訳語選択のレベルでは、"resolution principle"を導出原理でなく解決原理と訳していたり、"counter"を計算機と訳していたり、"transducer"を伝達変換装置と訳していたりしている。もう少し高級な間違いとしては、"a factor of two" という表現の意味を取り違えてると思しき箇所(邦訳p.76, 174)などがある。「二つの因数」となっているが、これだと意味が通らない。サイモンが意図している用法は

"It will cost $100, within a factor of two". 

みたいな例文だと思う。「半分から倍の間で一定」という感じで訳すと意味が通る。ちなみに、同じページで "order of magnitude" を「大きさの順」とか訳してるけど、これはイディオムだろう。

翻訳はともかく、内容面に関しても、専門用語が説明もなく使われており、認知心理学や哲学や経済学など広い分野に関して博識な人でないと読みこなすのは厳しいと思われる。私自身もまだまだだ。でも、これまでよく理解できなかった箇所がひとつ最近理解できた気がするので紹介してみる。

5章の義務論理を批判するところで、サイモンはこんなパズルを提示している。「犬はペットである」と「猫はペットである」からは「犬と猫はペットである」が帰結する。しかし、「あなたはペットを飼うべきだ」をさらに前提に加えた場合、「あなたは犬と猫を飼うべきだ」を推論するのは正しくないだろう、と。私が疑問だったのは、こんな推論を認めるべきではないのは確かだが、これが様相論理KDで妥当になるのだろうか、というものだった。

次のように考えれば、たしかに妥当になる。まず最初の推論は

  • ∀x(Dx → Px), ∀x(Cx → Px) |- ∀x[(Dx v Cx) → Px]

となる。ここまではいいと思う。問題は「あなたはペットを飼うべきだ」をどう記号化するか。∀x(Px → □Kx) だとすると

  • ∀x[(Dx v Cx) → Px], ∀x(Px → □Kx) |- ∀x[(Dx v Cx) → □Kx]

が成り立つ。カット規則により

  • ∀x(Dx→Px), ∀x(Cx→Px), ∀x(Px → □Kx) |- ∀x[(Dx v Cx) → □Kx]

しかし、この推論は妥当かもしれないが、健全ではないだろう。"∀x(Px → □Kx)" はすべてのペットを買うべきだという意味になってしまう。私なら「ペットを飼うべきだ」を

  • □∃x(Kx & Px)

とか記号化するけどな…。これだとお望みの結論は出せないと思う。

たしかに、義務論理にはいろいろなパズルが指摘されているけれども、サイモンの事例はサイモンの本以外では見たことがないので、それは流石に単なる詭弁だと思われているのではないかと予想してみる。