ビッグクエスチョンズ 哲学 (THE BIG QUESTIONS)
- 作者: サイモン・ブラックバーン,山邉昭則,下野葉月
- 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
- 発売日: 2015/03/19
- メディア: 単行本
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この本を読んでいる。ブラックバーンは優れた入門書をたくさん書いている人で、最近彼の本はけっこう訳されていて喜ばしい。
ブラックバーンは話のついでに色々な絵画を指し示すことがある。Lustの邦訳では原著にあった図版がすべて削られていた(!)のだが、この翻訳ではきちんと印刷されている。
ブラックバーンはちょっと衒学的なところがあって、彼の英語は簡単ではないのだが、この翻訳からは、うまく意訳して読みやすい日本語の文章にしようという努力が感じられる。とはいえ、訳者の二人は哲学の出身ではないようなので、いくつか気になる箇所もある。
訳語選択の問題としては、例えば、"conventionalism"を「慣例主義」と訳しているが(p.90)、「規約主義」が定訳だと思う。
内容に関わる箇所でいえば、例えば
本物の納屋を見たのであれば信念は正当化されるが、本物の納屋をみたのかどうかがわからないのである。p.74
これだと意味が通らない。本物の納屋と偽の納屋のどちらを見た場合であろうと、自分は納屋を見ているという信念は正当化されている。本物の納屋を見た場合に限って、その信念は真になり、Justified True Belief の条件を満たすことになる。しかし、JTBの条件が満たされているにも関わらず、自分は納屋を見ていると知っているとは言えないのではないか、というのがこの思考実験のポイントだと思う。実際、この箇所の原文は以下のようになっている。
By chance you happened to have looked at one of the rare real barns, so while your belief was justified and true, you didn’t really know you were looking at a barn.
私の訳をいちおうつけておくと
偶然にも、まれにしかない本物の納屋の一つを見ていた場合には、あなたの信念は正当化されており真であるが、納屋を見ていたと実際に知っているわけではない。
偽の納屋の思考実験を聞いたことがないと、内容を把握するのが難しかったのかもしれない。ちなみに、ブラックバーンはここでゲティアの名前を挙げているけど、偽の納屋の思考実験はゴールドマンに由来するのではないかと思う。
別の例。「なぜ何もないのではなく何かがあるのか」という章から。アウグスティヌスは世界と時間が創られたと述べている。これは哲学的には危うい立場である、なぜなら創ることは時間の中で起こるからである。公平を期するためにいうと、アウグスティヌスはこの問題に気付いていた。
彼は、世界を創造する前に神は何をしていたのかという問いが提起されたとしたら、それに対する興味深い答えは次のようにふざけたものになるという。あまりにも深遠なそうした問いを尋ねる者のために、神は地獄を作っておられたのだ、と。p.258
原文では、"an attractive answer might be the flippant one" とあるので、断定してはだめ。実際、『告白』の中でアウグスティヌスはこのふざけた答えを退けている。
とまぁ、たしかに訳に問題はあるのだが、個人的にもっと不満なのは註がまったく訳出されてないことだ。参照している文献が分からないではないか。それと、段落分けや節分けも原著とは大きく異なっているのも問題だ。それが効果を上げている場合もあるのは否定しないが、著者の意図を無視して段落分けすると、議論の構造がズダズダになってしまう。