Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

コメント

測ること数えること秤にかけることは、錯覚に対抗して我々を助けるための絶妙の手段として、発明されたのではなかったか。(プラトン『国家』10巻)

その通りかもしれないけど、数字を出せば説得力が生まれるというのも、それはそれで困ったものである。人間の不合理性を社会心理学が色々と明らかにしているという話をよく聞くけど、確率とか統計の数字ほど解釈の難しいものはないかもしれない。


藤沢氏の本、説得されてはいないけど、まずは幾つかの点を褒めておく。

  • 感情論ではなく理性的な議論を、という呼びかけは重要。特に低線量被曝の危険性があまりに大げさに語られすぎた、というのは本当だと思う。著者は触れてないけど、医療被曝に対して日本人は寛容だし…。ともかく理性的であるのは大事だ。
  • 統計的には飛行機よりも自動車の方が多くの死者を生み出すように、様々な発電方法に対して、1 TWhごとの死者を計算すると原子力発電所よりも化石燃料を用いた火力発電所の方が多い、というのはいい着眼点ではある。
  • 化石燃料を用いた発電は犠牲者も多いし、大気汚染を引き起こす、とネガティブなことだけ言うのではなく、コンバインドサイクルやシェールガスの開発についても触れるなど、フェアであることを心がけている(p.107--112)。様々な発電方法を組み合わせることが大事というのは正しいと思う。
  • 原発は意外と安全という著者の言い方に対して、じゃあ大都市に原発を建てろというのか、という非難がtwitterにあったけど、著者は一応そこまでは言っていない(pp.114-116)。原発の問題点は、シビア・アクシデントのリスクを地方の住民だけが負わなければならない、という倫理性にあると言っている*1

しかし、それでもこの本は結局のところ原発推進の立場を、あるいは原子力が持続可能な電源になりうることを正当化できていないと思う。核燃料サイクルに夢を託している段階で、正直どうかなと思う(pp.105, 156-159, 195)。3.11の地震以前に2050年までは実現不可能というのが公式に認められているのに。そのくらい待てばいいじゃん、ということですかね(cf. p.166)。

気になった点を、備忘録として以下に箇条書き。

  • 自然エネルギーも危険、と言うためにソーラーパネルを設置する際の転落事故までカウントしてるけど、詭弁のような気がする。全体的に1章で提示されている数字の解釈は問題があると思う(石炭採掘の死者数とか)。あと、太陽光発電についてはそこまで徹底しているのに、反原発派が原発のコストを計算するときに、核燃料廃棄物の処理まで含めていることを「机上の空論」(p.123)と片付けているのはフェアとは思えない。
  • 風力発電のデメリットを幾つか挙げている箇所があるけど(p.77f)、洋上発電については全く触れていないのね。
  • 太陽光発電はエネルギー密度がしょぼいと言うために、p.81の図があるけど、なんで一括して同じ場所に敷き詰めなければいけないのか、よく分からない。ミスリーディング。
  • 一日の発電力構成を示したp.82の図もミスリーディング。太陽光発電は夜だと使えないという話をした後で、原子力発電は昼夜関係なく発電しているということを示すと大きな利点に見えるけど、それって一端発電を始めたら容易にはストップできないだけでしょ。電力需要に合わせて調整できないという意味ではマイナス要素でもある。何事も見方による。
  • 原発を止めても、核崩壊により燃料は劣化していくので、ほとんどコストのセーブはできません」(p.119)。崩壊熱が出続けるから冷却するのにコストがかかるということだろうか。この論点はふつうは原発のタチの悪さを強調するために使う気がするけど。
  • 原発は運転を止めていれば安全というわけではなく、実際に福島第一の4号機は停止中だったのに水素爆発したと的確に指摘しているけど(p.119)、それは原発を運転することの正当化になってるの?
  • 福島の事故の賠償額は4兆5,000億円程度と、思ったより大したことがなく、避難者を10万人とすると1人あたり4,500万円支給されることになる、ってその計算は何なんだ…(p.121)。
  • 原子力発電所の仕組みは火力発電所と同じというけど(p.146-)、それはお湯を沸かすという点だけだし、むしろ反原発派はお湯を沸かすためになぜ原発のような複雑なものが必要なのかというところではなかろうか。
  • 福島原発の事故の元凶は、地震津波でもなく人為的ミスと主張しているけれど(p.151)、人為的ミスを完全に除去するのは難しいのではないか。
  • 高レベル放射性廃棄物も自然物であり、そもそもはウラン鉱にあったものだとか、地球の内部は何億年も熱を発し続ける廃棄物のようなものだと言うのは詭弁にしか聞こえない(p.164)。

反原発派のアクティビストならもっと色々言いたいことがあると思う。実際、私が書いたことの中にも間違いは混ざっているだろうし。しかし、ググってもあまり批判的なコメントが見つからなかったのよね…。

Postscript(2/30)

上で書き漏らした幾つかの論点を追加する。

  • 「石炭などは採掘でおびただしい数の人が死にます」(p.19)。本書では中国の石炭採掘での事故が挙げられているが、後で調べたところでは、日本が主に輸入しているオーストラリアでは遠隔操作で掘り出しているから単純には当てはまらないようだ。
  • 「あれだけの報道にもかかわらず、放射線による死者はひとりもでていないどころか、福島第一原発の現場作業員で、急性放射線障害になった人もまだひとりもでていない」(pp.44, 200)。本当に急性放射線障害が一人も出ていないのかどうか怪しいと思っているけど、仮にそうなのだとしても、作業現場が過酷過ぎて死者が何人か出ていることには変わりないはず。
  • 太陽光発電のコストが46円/KWhという2008年のデータを出しているけど(p.122)、古いのでは? 飯田さんとかの本によれば、この数年でもっと安くなっているという。自然エネルギーはコストがこれから下がっていくエネルギーだという点に触れていないのは問題。
  • 半減期の長い放射性同位体は、実は自然界にはありふれた存在」(p.163)というけど、プルトニウムは違うと思う。
  • 海は広いから核燃料廃棄物の海洋投棄もOKという主張(p.167)はどうなんだろう。池田信夫とかも、ロンドン条約を脱退してしまえとか言っているけどさ。魚介類に濃縮される可能性とか考慮しているのだろうか。セラフィールドでは結構酷いことになったという話も聞くけど。
  • 「ロボット技術などを駆使して内部の核燃料を取り出し、福島第一原子力発電所の1号機から4号機を正常に廃炉にしようという目処が立ちつつあります」(p.201)。へぇ、そんな目処が。4号機の使用済み核燃料プール地震がきたら今にも壊れそうだという話だけど。

*1:とはいえ、そんなに安全なら何故都会に建てられないんだ?という疑問にちゃんと答えてはいないかもしれない。