Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

乳糖不耐症

乳糖不耐症(lacrose intolerant)は乳製品に含まれるラクトースを消化するラクターゼ酵素(lactase enzyme)が生成されないために身体の不調が生じる体質のことをいう。いわゆる乳製品アレルギーとは異なる。

乳糖不耐症は異常ではない。まず、人類の半数以上は乳糖不耐症である。母乳を必要とする幼児期を過ぎると、ほとんどの哺乳類は乳糖を分解するラクターゼ酵素を生成する遺伝子がオフになるのだ。しかし、人類は少なくともこれまでに二回、この遺伝子がオフにならないという突然変異を経験した*1。牧畜を営み、乳製品を摂取する北欧人などでは、このことは有利に働いた。そこで、少数派ではあるが一部の人々は大人になってもラクターゼを生成することができるのである。

このように言うと、人類の半数以上は乳製品を摂取すると体を壊すのか、と思ってしまうが、実際には、乳糖不耐症であってもほとんどの人々は慣れによって牛乳を飲むことができる(大量に摂取すると腹を壊すだろうが)。ごく軽度であっても乳糖不耐症に分類されるので、乳糖不耐症の割合は多く見積もられている。

グレゴリー・クラークは、かなりの長期にわたって東アジア(インド・中国・日本)はヨーロッパに比べて生活水準が低かった、ということを論じる中で、その証拠の一つとして、乳糖不耐症の分布に注目している*2。彼のおどろくべき議論は以下のようだ。まず、動物の乳が大量に消費できるようになるのは、農耕が始まって動物が家畜化されてからだろう。ところで、カロリー摂取には穀物の方が効率がよいので、所得が少ないと乳製品は口にできないはずである。ヨーロッパ北西部の人々は乳糖を消化するための変異遺伝子を持っているが、中国人は定住農耕の歴史が長いのに乳糖を消化できない。よって、中国では牛乳が主要食品になることはなく、生活水準は概して低かった、と。しかし、乳製品を摂取することは高い生活水準の要件なのだろうか?*3

*1:この突然変異は過去1万年の完新世に生じた。ふつう現代人の進化は更新世に生じたとされ、完新世に新たな適応の獲得があったかどうかは、この乳糖耐性の獲得をほぼ唯一の例外として、はっきりしない。cf. カナザワ『知能のパラドックス』p.315f

*2:『10万年の世界経済史』3章

*3:Amazon CAPTCHA