Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

インセストについてのメモ

近親交配について少し調べたのでメモ。

それは有害なのか

まぁ、一般に言われているように有害なのであろう*1。劣性の致死遺伝子は、ホモになった場合だけ発現する。一人の人間がもっている致死遺伝子の数はよく分かっていないようだが、ポイントは、近親交配すると劣性の致死遺伝子がホモになりやすいから危険(近交弱勢inbreeding depression)、ということであろう。

永井俊哉は、近親婚に徹した社会はかえって優生学的に安定した社会になると主張している*2。最初これを読んだときは驚いたものだが、部分的には正しいことを言っているのかもしれない、とは思う。実験動物には、近交系(inbred strain)という、遺伝子の100%近くがホモになっている動物がいる。そういう動物が子を作る際には、近親交配自体はまったくなんの悪影響もないからだ。

しかし、だからといって、動物のインセスト回避が、致死遺伝子の発現を防ぐメカニズムであるという点を否定する必要はないはず。近親交配しても悪影響を及ぼさなくなるまでにはそれなりの世代を経る必要があるし、その過程で多くの犠牲を払う必要があるのではないか。実際、例えば、スペインのハプスブルク朝が断絶した原因は、近親婚のやりすぎではないか、という説があるわけだし*3

インセスト禁忌

インセスト回避のメカニズムが生得的に備わっている動物は少なくない。人間もその例外ではない。例えば、フィンランドの人類学者ウェスターマークは、『人間の結婚の歴史』(1891年)において、幼少期から同一の生活環境で育った相手に対しては、長じてから性的興味を持つ事は少なくなる、と指摘した。こうした心理学的メカニズムの存在は、イスラエルキブツという農業共同体の観察によって実証されている、と言われる*4。他にも、台湾のマイナー婚に関する研究が傍証を与える*5。マイナー婚では、遺伝的に血縁関係にない女児が養女となり、その家の実の息子と一緒に育てられる。息子が確実に配偶者を得られるというメリットがあるかもしれないが、マイナー婚はほかの結婚に比べて失敗に終わることが多い。女性はたいてい結婚に抵抗し、離婚率が高く、不倫も多い。

それにもかかわらず、インセスト禁忌という規範に関するダーウィン主義的な説明に対しては、少なからぬ人類学者が反論してきた。そうした反論にはいくつかのバリエーションがある。ここでは、それらに対するドーキンス利己的な遺伝子』の応答を紹介したい。

  • インセストを回避する本能が備わっているのなら、それを規範的に禁止する必要などないではないか。

これは、かつてフロイトが『トーテムとタブー』(1913)においてウェスターマークの説に投げかけた疑問だった*6。しかし、この反論を一般化すると、自動車にはドアロックがあるから、もしイグニッションロックが泥棒よけの装置であるとは考えにくい、という主張も導いてしまう、とドーキンスは指摘する。

ウェスターマーク効果を否定したフロイトは、有名なエディプス・コンプレックスの学説によってインセストタブーを説明しようとしたらしい。異性の親に向ける幼児の性欲・リビドーが抑圧されるのだとか。しかし、幼児が無意識の性欲をもつという学説は、インセストの有害性という観点からいって疑わしい*7。近親相姦への欲求よりも、近親相姦を忌避する方が自然界の法則にはうまく適合しているはずである。エディプス王の悲劇は、彼が生後間もなく両親から引き離されてしまったがために、ウェスターマークの心理メカニズムが働かなかったことで生じたと考えることができる。

  • インセスト禁忌の規則は、文化ごとに異なっているから、それが生物学的な機能をもつことはないのでは?

これはよくある議論で、一見すると説得的に思える。しかし、ドーキンスは、文化ごとにセックスの体位が異なるかもしれないが、だからといって性的欲望がダーウィン主義的な適応でないとは言えないであろう、と応答する。察するに、文化ごとに規則が違うことは人類学者が更に解明すべき仕事ではあっても、インセスト禁忌が上でみたような危険を回避する機能をもつ、という点は問題なく認めてよい、ということだろうか。

おまけ:韓国人の遺伝子

嫌韓ネトウヨの人々が、試し腹とかいう悪習のせいで韓国人の遺伝子は異常なほどに均質であるとかいう説を流布させている。しかし、儒教は近親相姦に対して否定的だと聞くし、この説は常識的に考えても疑わしい。実際デッチ上げっぽい。カヴァリ=スフォルツァという遺伝学の権威を持ち出しているのがタチが悪い。

*1:宮崎哲弥は「近親性交によってできる子供が遺伝的に劣悪だなんてデタラメ」と言っているけど・・・。『M2 われらの時代に』p.90。この発言のソースを知りたいぞ。

*2:貿易と結婚の起源|システム論アーカイブ論文編|永井俊哉

*3:ヒトは遺伝的多様性が高いので近親交配が危険 : 5号館のつぶやき 追記:アダム・ラザフォード『ゲノムが語る人類全史』pp.210-218

*4:松本俊吉『進化という謎』p.23

*5:カートライト『進化心理学入門』p.16

*6:フロイト全集12』pp.157-160. フロイトはこの疑問をはじめて提出したのはフレイザーだとも言ってる。

*7:デーゲン『フロイト先生のウソ』pp.202-204.