1950年代のアメリカでは、中核企業が国民国家と象徴的に同一視されていた、というテーゼを裏付けるため、大澤はゼネラル・モーターズの社長チャールズ・アーウィン・ウィルソンが公聴会でやらかした発言を引用する(『ナショナリズムの由来』p.222f)。
長年にわたって私はわが国にとって良いことは、GMにとっても良く、その逆もまた同じなのだと考えてきた
しかし、そもそもこの発言の文脈は以下のようである。ウィルソンは1952年にアイゼンハウアー大統領により国防長官に任命されたのだが、その翌年の公聴会で、彼は自身が保有するGMの株式を売るように求められた。民間会社の株式を保有していることで、国家運営の際に利益誘導が生じる恐れがあったからだ。上の発言はこの疑念に対する答弁である。これはいかにも胡散臭い主張ではないか*1。実際、ウィルソンはこのあと保有株を売る羽目になったのだ。してみると、ウィルソンの主張は社会的に好意的には受け入れられなかった、と言うべきではないだろうか。