フロイトがシャーロック・ホームズのファンで、精神科医としての自分をいわば心の探偵だと考えていた、という話を聞いたことがある。このお話の典拠を知りたいなぁと前から思っていたのだが、昨日の日記で紹介した大澤『量子の社会哲学』によると、「狼男」の回想録で暴露されているらしい(p.104)。
調べたところ、狼男の症例は、『フロイト著作集』9巻の論文で分析されている*1。しかし、ホームズの話は回想録でされているのであって、フロイトの論文においてではない…。なお、この回想録は未邦訳。なので「あぁ、詰んだな」と思っていたのだが、ネット上でズバリの箇所を見つけてしまったよ*2。
狼男によると
ある時、われわれはコナン・ドイルと彼によって創造された人物シャーロック・ホームズについて語る機会を得た。フロイトはこの種の軽い読み物はそもそも拒絶しているのだろうと私は思っていたが、それゆえ全くそうではないこと、フロイトがこの作家も実に注意深く読んでいたことを知って、私は驚いた。精神分析においても「状況証拠」から幼年時代の物語の再構成をしなければならぬわけだから、フロイトはきっとこの種の文学にも興味を寄せていたのだろう。
なるほど。ちなみに、この狼男さんは、かつてフロイトの診察を受けたことを老後のネタにしていたらしい。なんだかセコい奴ですね。
Postscript (2015/9/2)
狼男に対するフロイトの治療は上手くいかなかったらしい。フロイトが治癒したと判断して治療を打ち切ってから60年、狼男の症状は何の治療も受けなかったように、良くなったり悪くなったりを繰り返していた*3。アイゼンクのいうように、長期にわたって持続的に症状が出なくなったと証明できなければ、治癒したとは言えないでしょうね。「セコい奴」とか言って済みませんでしたー。
*1:「ある幼児期神経症の病歴より」
*2:https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/39243/1/BungakuKenkyukaKiyo2_58_Murai.pdf
*3:アイゼンク『精神分析に別れを告げよう』pp.57-60