Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

ジェンダー

ある有名な症例研究では、生後八か月の男児が包皮切除の失敗でペニスを失った。両親は有名な性研究家のジョン・マネーに相談した。マネーはかねて「自然な姿というのは、性差の現状を維持しようとする者たちの政治的戦略である」と主張していた。彼は、赤ちゃんの精巣を除去して人工的に膣を形成するように助言し、両親は本人には事情を伏せて女の子として育てた。私は1970年代に学部学生としてこの症例を知ったのだが、そのときこの症例は、赤ちゃんは生まれたときは中性だが育てられかたでジェンダーを獲得することを示す症例として提示された。この時代の『ニューヨーク・タイムズ』のある記事は、ブレンダは「正真正銘の女の子として子供時代を満足そうに過ごしている」と報じた。事実は1997年まで伏せられていたが、実はブレンダは小さいときから自分を女の子の体とジェンダー・ロールに閉じ込められた男の子だと感じていたということがあきらかにされた。彼女はフリルのついた服をぬぎすて、人形を拒否してピストルを欲しがり、男の子と遊ぶのが好きで、立っておしっこをすると言い張った。14歳のとき、あまりにもつらいので男として生きるか死ぬかのどちらかにしようと決意した彼女に、とうとう父親が真実を話した。彼女は新たに手術を受けて男のアイデンティティを身に着け、現在はある女性としあわせな結婚生活を送っている*1

最近、この話にはさらに悲劇的な後日談があることを知った。

この人物の実名は現在公表されている。BruceからBrendaとなり、2度目の男としての名前はDavidである。この話は1冊の本として紹介されていて、2002年にはテレビドキュメンタリー番組(NOVA's "sex: Unknown")でDavidと母親、Diamond医師、そしてこの不幸な症例にかかわったほかの人たちのインタビューが紹介されている。悲しいことにDavidは後に仕事を失い、離婚し、2004年5月、38歳で自殺した*2

*1:ピンカー『人間の本性を考える』下巻pp.130-131

*2:カールソン『神経科学テキスト』4版、p.334