Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

バーンスタイン『豊かさの誕生』

ウィリアム・バーンスタイン『豊かさの誕生』を読んでいる*1

本書で目指しているのは、19世紀の初頭に合流し、その後の近代世界に飛躍的な経済成長をもたらした文化と歴史の諸潮流を明らかにすることだ。p.6

amazonのレビューなどを見ると、類書としてダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』が挙がってる。バーンスタインも類書としてダイアモンドの本に言及している。ただし、ダイアモンドは結局『銃・病原菌・鉄』を書くきっかけとなったニューギニアのヤリ族から受けた「なぜ白人がカーゴを全部もっているのか」という疑問に対して、答えていないのではないか、と辛口のコメントをしている。バーンスタインの本はこの疑問に答えるべく書かれた、いわばダイアモンド本の続きとみなしてもいいかもしれない。

まだ途中なので全体に対するコメントは控えるが、翻訳は概して読みやすいという印象。もっとも、amazonのレビューによるとそれなりの数の誤訳もあるらしいが…。

個人的には、著者があまり専門的な知識を持ち合わせていないであろう分野を扱っている部分について、読んでいて少し不安を覚えた。私は経済学の知識はろくに持ち合わせていないが科学史については多少の知識がある。そのためか、3章の「科学的合理主義」は「おや?」と思うような解説が目につく。

コペルニクスのモデルはあまりに複雑なため、実際天文学史の著作の多くでは細かく説明されていない。結局、コペルニクスのモデルもプトレマイオスのそれと同じく、どのような観測事例でもなんとか説明できてしまうので、反証がほとんど不可能だという欠陥をもつことになった。

これは大事な点だ。科学的なモデルは、反証可能でなければならないのである。そのモデルと矛盾するような観察例を容易に想像できなくてはならないのだ。プトレマイオスのモデルも、コペルニクスのモデルも、この基準からいけば落第だった。主軌道・周転円の入り乱れたこれらのモデルは、新しいデータが出てくるたびに調節可能だった pp.178-179

プトレマイオスにしろコペルニクスにしろ、彼らのモデルが反証可能性の基準をほとんど満たしてないという意見には、あまり賛成できない。まず、ケプラーは彼らのモデルから導かれる天文現象の予測がティコ・ブラーエの観測データとズレることで彼らのモデルを拒否したのだと思う。また、新しいデータがでてくるたびに調節可能、でないような科学の仮説というのはそもそもありうるのだろうか。たしかに、デュエムクワインのテーゼを引き合いにだして決定実験なんてありえない、と言い切るのは過激かもしれないが、それでも彼らのモデルがとりわけ反証可能性の基準を満たさない、と言うのはどうかと思う。

もっと細かな点では、例えば以下のような疑問がある。

  • アリスタルコスと並んでアポロニウスが地動説を支持していたと書いているが(p.171)、ぺルガのアポロニウスは従円-周転円モデルの考案者なので、天動説を支持してたと思う。
  • ティコ・ブラーエについて「水星と金星は太陽の周りを回っているが、他の惑星は地球の周りを回っているという説を唱えた」と書いているが(p.192)、太陽が地球の周りを回り惑星はすべて太陽の周りを回る、の間違いだと思う。
  • ニュートンを訪問するまで、ハレーはプトレマイオスにしたがって惑星軌道を円だと思っていた、とある(p.211)。信じがたいのだが、これは本当だろうか?もしそうなら、楕円軌道どころか地動説すら信じてないことになるが…。

まぁ本筋には影響しない小さな瑕疵だから、気にせず最後まで読み切ろうと思う。

*1:以下、ページ数は文庫版に依拠している。