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Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

ワインバーグ「科学の発見」

ワインバーグの『科学の発見』を読んでいる。

科学史家の間ではあまり評判は芳しくないようだけど、私は科学史への入り口としては悪くないと思った。哲学史でいえば、ラッセルの『西洋哲学史』みたいな位置づけの本かもしれない。ラッセルの『西洋哲学史』は哲学史家の間ですこぶる評判が悪いが、哲学史への入り口としては悪くないと思う*1。この本をゴミ扱いする哲学史家の何人が、ラッセルより哲学の才能があるんだか。

とはいえ、ラッセルの『西洋哲学史』は我田引水すぎる部分があるのと、今となっては古くて細かい間違いが目についてしまうのは確かだ。それと比べると、『科学の発見』の方はホイッグ史観だとか色々言われてはいるが、謝辞で挙がっている名前を見る限り、なんだかんだいって一流の研究者のチェックを受けているし*2、本書の記述はある程度信頼できるのではないかと思う。

ところで、amazonのレビューには

宣伝文で”化学、生物学は2等の科学だ”とあるが、そんなことはひと言も書かれていない。まともな科学者がそんな文章を書く訳がない、と思い読み進めたが案の定そうだった。 

と書かれているけど、まったく同じことを思った。というか、これはちょっと酷いと思うよ。

翻訳は読みやすいけど、誤訳と思しき箇所がなくもない。例えば

This is why simplified versions of the Copernican and Ptolemaic theories (with no epicycles in the Copernican theory and only one epicyle for each of the five planets in the Ptolemaic theory) would have worked pretty well. 

という箇所は

コペルニクス・モデルもプトレマイオス・モデルも、単純化バージョン(周転円のないコペルニクス・モデル、各惑星に周転円一つずつのプトレマイオス・モデル)であればかなりうまく機能する。それは、惑星や地球の軌道がこのようにかなり円に近い楕円だったためである。

となっている(p.223)。邦訳の二文目は原文に対応しないが、冒頭の"This" の内容を説明しているだけなので問題ない。問題は邦訳の一文目。著者が意図しているニュアンスは、惑星の楕円軌道の離心率がとても小さいので、単純化されたモデルでさえうまく機能した、ということだろう。「であれば」だと意味が通らない。

邦訳は、"would have worked"を反実仮想という風に解釈しているのだろう。しかし、"would have"には過去の推量という意味もあるらしい。過去の出来事について、自分が今知っていることを踏まえて、きっとこうだったに違いない、と推量するという用法。次のサイトで割と丁寧に説明されてる。

また、訳注に関しても疑問がある。「ジョージ・スミス」に関して「2009年、ノーベル物理学賞受賞」という訳注がついているが(p.131)、ここでのジョージ・スミスは科学史家でニュートン研究の泰斗でもある人物のことだと思う。p.344の謝辞に「歴史学者ブルース・ハントとジョージ・スミス」とあることがその証拠。

科学の発見

科学の発見

 

*1:岩波新書の『デカルト』とかを書いた野田又夫ラッセルを高く買ってる。書評も書いている。野田又夫「思想家の描写と学説の分析−B.ラッセル(著),市井三郎(訳)『西洋哲学史』」(ラッセルの著書の書評) - Bertrand Russell のページ

*2:邦訳では「オーウェン・ジンジャリッチ」とかいう名前がでてくるけど、コペルニクス研究の泰斗ギンガリッチだよな…。