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Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

アリストテレスの動物研究

哲学 生物学

著名な生物学者であるメダワー夫妻の『アリストテレスから動物園まで』という本を読んでいる。この本は生物学の事典なので、適当につまみ食いするのに向いている。各々の項目はA to Zで並んでおり、一番最後の項目はたしかに「動物園(Zoo)」なのだが、一番最初の項目は「アリストテレス」ではなくて「適応(adaptation)」だったりする。タイトルに偽りあり(大げさ)。

ちなみに、タイトルにもなっている「アリストテレス」に対するコメントはかなり辛辣である。個人的には、ここまで辛辣なのは見たことがない。アリストテレスの動物研究は「噂話や不完全な観察、希望的観測、掛け値なしのだまされやすさと言ってよいほどの軽信の退屈な寄せ集めである」と。例えば

いったいどんな実験による証拠から、思春期から21歳までの成年の精液には「生殖力がない」とか*1、それで若い男女が小さくて不完全な子供を産んでしまうというようなことを、アリストテレスは確信したのだろうか。子宮脱出症と一ヶ月に三回もの月経は、「過剰な欲望」の症状だとも言っている。 

まぁ確かに、そういう見当違いな報告がアリストテレスの『動物誌』にはたくさん見出される、というのは否定できないでしょうね。ほかの有名な例としては、ヒトは男女で歯の数が違う、といった報告が挙げられる*2。ラッセルは、なぜアリストテレスは自分の妻の口の中を観察しなかったのかと皮肉ってる。

さて、こういった間違いがあるのは確かだが、にも関わらず、アリストテレスの入門書やら研究書では、彼の生物研究を比較的好意的に扱う傾向にあると思う。アリストテレスは正しいこともそれなりに言っているからだ。しかし、メダワー夫妻はこの種の弁明に対して容赦ない。

もちろん時には、アリストテレスが正しいこともある。彼はたいへん多作なので、ときには正しいところも出てこないわけにはゆかないのだ(失礼ながら猿とタイプライターの喩えが思い出される)。たとえばアリストテレスは、エチオピア人の精液は黒くなどないと声高く宣言し*3ヘロドトスの考えに文句をつけている。 

「猿とタイプライターの喩え」って、言語を理解しない猿がでたらめにタイプライターを叩いたら、偶然にも有意味な文章とかシェークスピアソネットが出現したとかいう奇跡のことだと思うけど。アリストテレスが正しいことを言っている場合のほとんどがその程度の偶然だとは、哲学史家は考えないでしょう(もちろん、メダワー夫妻もこの喩えに関してそこまで本気ではないはずだが)。有名なところだと、クジラやイルカが肺呼吸するとか*4、頭足類(タコやイカ)の交接腕の存在とか*5、硬骨魚と軟骨魚の区別とか、そういう例がいろいろある。18世紀頃の博物学で、アリストテレスルネサンスが起こったのは、彼が意外とちゃんと観察している場合があると分かったから、だと思う。

私自身は、アリストテレスを貶しまくるメダワー夫妻のスタンスには同意できない。とはいえ、『動物誌』が信じがたいほどの勘違いを含むことはたしかに否定できない。ここから導かれるのはむしろ、同じ人物があるときは鋭い観察眼を発揮したかと思えば別のときにはこうも簡単にだまされてしまうのか・・・という疑問だ。

*1:『動物誌』5巻14章

*2:『動物誌』2巻3章

*3:『動物誌』3巻22章

*4:『動物誌』6巻12章

*5:『動物誌』4巻1章