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Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

世界史の哲学

大澤真幸

という文章を大澤真幸が書いている。これは『群像』に連載されてるもので、今のところ『古代篇』『中世篇』『東洋篇』『イスラーム篇』が書籍になってる。まだ続いていて、もはや逝けるとこまで逝くという感じである。

思うに、今までの大澤の文章をある程度読んでる人にとってはあまり新味はない。だいたい同じようなことを言ってるし、それまで理解できなかった筋が見えたということもないし…。とはいえ、大澤が文献紹介している部分から得られる情報はそれなりに多い。何だかんだで彼はそれなりに博学なので、ふーんそういう話もあるんだ、程度の勉強になることは多い。問題は、彼の紹介がけっこう杜撰だったり参考文献を記してなかったりすることなんだけど。あと、例によって索引もないしね。

では、杜撰と思われる例を『古代篇』からいくつか挙げてみよう。細かいところだと、『薔薇の名前』の映画を紹介するくだりで、ホルヘを「文書館長」といってるけど(p.152)、文書館長は別の人物じゃなかっただろうか。また、エウクレイデスの第8定理が誤解されてきたという逸話を紹介している箇所では、

ユークリッド(エウクレイデス)幾何学は、古代の角度の遠近法を前提にしている(p.250n5) 

と書いている。当ブログでも、以前にこの点は指摘したことがあるが、問題の第8定理は『光学』であって『原論』の定理じゃないのでミスリーディング。

遠近法の紹介もちょっと変な気がする。ウィトルウィウスの有名な文章に関して、

「コンパスの中心」を、遠近法における視中心(視野のピラミッドの頂点)と解釈するならば、厳密な遠近法が得られるように思える。しかし[・・・]ウィトルウィウスの時代にまで捜索範囲を広げても、なお、厳密な遠近法で描かれた絵画は一点も発見されていない(p.234) 

大澤が依拠しているパノフスキーは、「コンパスの中心」を消失点と解釈した場合には厳密な(線的)遠近法が得られるように思える、と言っているはずなのだが。むしろ、視野のピラミッドの頂点をコンパスの中心と解釈すると角度の遠近法になるんじゃないですかね。

プラトンが造形芸術に批判的だったという主張につづけて

プラトンは、最晩年の著書『法律』では、エジプトの芸術作品を激賞している(p.250n6) 

とあるが、ここは結構厄介な箇所で、エジプトの絵画が遠近法的でないから称賛されているのか、エジプトの芸術がきわめて長い期間にわたって存続してきたということが称賛されているのかが解釈上問題になる。

解釈上の問題といえば、プラトンの『パルメニデス』は論理階梯の区分を無視しているとかあっさり断言しているけど(p.239)。個物とイデアのタイプが違うという解釈はそう簡単に採用していいんですかね…。