大澤真幸は、フロイトやマルクスのテキストを実証主義的に読もうとすると、退屈極まりないアウトプットしか出てこないのに対して、むしろ彼らのテキストを聖典であるかのように教条主義的に読むことで生産的なアウトプットが出てきた、という「逆説」について繰り返し語っている*1。本当にそんな逆説が成り立っているのだろうか。フロイトに関して言うと、生産的なアウトプットというのはラカンの仕事ということになっているが、ラカンの仕事こそ難解極まりない代物であり、これが素晴らしい仕事なのかどうかを判定することすら容易ではない。それでは、フロイトのテキストを実証主義的に読んだ場合のアウトプットというのは、そんなに退屈きわまりない代物なのだろうか?
そんなわけで、ちょっと古いけれども有名な本を読んだ。
- 作者: H.J.アイゼンク,H.J.Eysenck,宮内勝,藤山直樹,中込和幸,中野明徳,小沢道雄
- 出版社/メーカー: 批評社
- 発売日: 1998/05
- メディア: 単行本
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これは専門外の人間にも分かりやすく書かれている本で、残念ながら、読み物として普通に面白く書かれている。そう思ったのは少なくとも私だけではないようだ。例えば、山形浩生のコメントとかを参照。
もっとも、この本はフロイトを実証主義的に読むことで何か肯定的な成果を得るということをやっているわけではなく、全編通じてフロイト批判を行なっている。その手の批判が生産的であることはありえないと考える人もいるだろうけど、間違っている(あるいは、筋悪の)議論を丁寧に潰すというのは大事な仕事だと私は思ってる。本書の批判はかなり説得的で、フロイトの精神分析の概念を使って何かテキトーなことを言っている人に出くわしてもこれでもう困らないのでは、という印象。そもそも、素朴な人ほど特に理由もなく精神分析に好意的であるように思える*2。
翻訳はとても良質の日本語だと思う。とはいえ気になるとこもあったので、例によっていくつか記しておこう。まず固有名の表記だが
- グルエンバウム p.6
- ガルトン p.24
- ガレン p.76
- ヴァージル p.152
- 菊と剣 p.200
という感じで、あまり標準的でなかったり、英語読みだったりするので、一見してピンとこないことがある。
の方がいいんじゃないかと。それから
ルリアは多くの顕在夢を集めることができ、(この暗示によって)潜在夢の性質、すなわち夢の作業により改造された内容を知りました。p.144
は誤訳か、少なくともミスリーディングでないかと。原文は
Luria was able to collect a number of dreams in their manifest form, while knowing (through his instructions) the nature of the latent dreams, i.e. the content remodelled by the dreamwork.
で、試訳としては
ルリアは(この暗示によって)潜在夢の本性、つまり、夢の作業によって改造される内容を知りながらにして、顕在夢を数多く集めることができました。
ポイントは、加工される前の夢の内容が何であるかが判明しているということにある。これこれの夢を見て下さい、という指示を(催眠術にかけた上で)出しているのだから。そして、夢を見て目覚めた後で、どんな夢を見たのかを報告させる(催眠術中で指示されたことは忘れている)。そうすることで、加工される前と後を両方知ることができるので、夢の作業とやらがどんな風に働くのかを知ることができる、と。ルリア天才すぎる。