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Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

紙の月

それほど期待していなかったのだが、TSUTAYAで同じ監督の『桐島~』を借りてみたら、とても面白かったので、劇場に行ってみることにした。『桐島~』ほどではなかったけれど面白かったです。元AKBの大島優子が素晴らしかった。正直、主演の宮沢りえよりも…。

ところで、プログラムに大澤真幸がレビューを書いているけど、これは正直いってかなり見当違いな解釈だと思う。銀行の預金を盗んでだらしない大学生に使いこんだことが、「ラッパを吹き鳴らしてはならない」というシスターの忠告に対するリプライになってるだって!?たしかに、この映画では贈与が一つのテーマになっているというのはそうだと思うし、本当の意味で(?)贈与するというのが難しいというのもそうだろう。しかし、大澤の結論は、学生時代の主人公のやったことと銀行員時代にやったことがまったく別物だという前提にたってるように思う。どこが?学生のときにやったことだって、父親の財布からお金を盗んでるのは同じだし。高額のお金を他人に贈っているのも同じだし…。

『問いの読書術』に所収の『桐島~』のレビューはそんなに悪くなかったと思うんだけど…今回のに関してはやらかしている感がある。大澤のレビューより、下のレビューの方が核心をついてると思う。

贈与のむずかしさは、何の見返りも求めずに(つまり、時間をかけた物々交換ならずに)贈与することにのみあるわけではなくて、相手が本当に必要としているものを贈与できるかどうかにも依存している。というか、後者の方が一般人にとってより重要じゃなかろうか。前者の問題に悩むのは哲学者かキリスト者くらいでは…。

主人公が昔お金を送ったタイの少年は戦争なんかで死んでなくて普通に大人になっていたし、大学生も他のかわいい女の子とよろしくやっていて、結局この人たちは主人公の助けなんてなくてもなんとかなったんじゃなかろうか。だから、エンディングは、主人公が一人で空回りしていたことを示しているんじゃなかろうか。