読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

her 世界でひとつの彼女

昨日の続きのような話題だが、この映画では、主人公の彼女は身体すら持たないAIという設定になっている。果たして人間とAIの間に恋愛は成立するのか。映画は明快な答えを与えるわけではなく、人間とAIが愛し合うとすれば直面するであろう問題の数々を、想像力を膨らませながら提示していく。

例えば、セックスはどうするの?とか。AIのサマンサが、もし腋の下に女性器があったとすれば、そうした種族のセックスはどんな感じだろうか、という問題を提示し、イラストを描いている。主人公はそれを笑い飛ばすけれども、彼らが直面しているのはある意味で似たような(しかもより困難な)問題であろう…。そう考えると、哲学者の次のようなコメントも納得できるというものである。

It's plausible to suppose that our sexual psychology is deeply tied to our particular psychological and physical nature, perhaps especially to our sense of smell and touch. Try to imagine your sexual desires were you to be equipped with echo location, or the olfactory sensitivity of a bloodhound.*1

ところで、物語の途中で、AIのサマンサは無理に人間らしく振舞おうとするのは止める、と言う。こういう風に心の持ちようを変えるのは、とても現実的に思える。人間とAIは違うのだから、得意分野だって異なっていい。これと少し関連して、TEDのトークで、義足の障害者の女性が、義足を変えることで身長を自由に変えられることに気付いた友人から「ズルい!」と言われた、というエピソードを連想した。

物語の終盤は、AIの個別化の問題が扱われる。誰がサマンサなんだ?みたいな。この辺はかなり抽象的な問題設定という感じで、置いてけぼりをくらった人もいるかもしれない。

 

*1:Sterelny, The Representational Theory of Mind, p.12f