Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

キャンディード

適応主義との関連でしばしば言及される、ヴォルテールの小説「カンディードまたは最善説」を読んでいる。

カンディード 他五篇 (岩波文庫)

カンディード 他五篇 (岩波文庫)

 

よく引かれるのは、パングロス博士の次の台詞だと思う*1

「事態が現にあるよりほかの仕方ではありえないということは、とうの昔に証明ずみである」と彼は言った。「なんとなれば、すべては一つの目的のために作られている以上、必然的に最善の目的のためにあるのだからだ。よいかな、鼻は眼鏡をかけるために作られている。それゆえ、われわれには眼鏡がある。脚は明らかに何かを穿く目的で作り出された。それゆえ、われわれには半ズボンがある。石は切断され、城を建てるために形成された。それゆえ、閣下はたいそう美しい城館をお持ちなのだ。この地方でもっとも偉大な男爵さまがだれよりも立派な城館にお炭になるのは、けだし当然ではないか。それにまた、豚は食べられるために作られているからこそ、われわれは年中、豚肉を食べておる。したがって、すべては善であると主張した者たちは愚かなことを言ったものだ。すべては最善の状態にあると言うべきであった。p.265

これは小説の冒頭に置かれている。目当ての箇所はここだったのだが、なんとなく続きも読んでみたら、いい時間つぶしになっている。

ちなみに、レナード・バーンスタインの「キャンディード」はこの小説がベースになっている。序曲が有名だけど、ここでは以下の演奏を薦めてみる。フレンチホルン用にクレイジーな編曲がしてある。オーケストラ版に慣れた人には耳障りかもしれないけれど…。

関連図書

『カンディード』<戦争>を前にした青年 (理想の教室)

『カンディード』<戦争>を前にした青年 (理想の教室)

 

Postscript (2014/7/30)

「それで、パングロス先生」と、カンディードは言った。「絞首刑にされ、解剖され、滅多打ちにされ、そのうえ漕役刑でガレー船を漕いでいた時にも、相変わらずあなたは万事この上なく順調だとお考えでしたか」

「わしの見解は、はじめからつねに同じだ」と、パングロスは答えた。「なんとなれば、要するに、わしは哲学者であるからな。わしは前言をひるがえしてはならない。と言うのも、ライプニッツが過ちを犯すことはありえないばかりか、しかも予定調和はこの世でもっともすばらしいものであり、充満と微細物質と同様に善であるからだ」p.446

どうも思い違いをしていたが、この本、ライプニッツの最善説だけをコケにするわけではないらしい。地球の形状を測定したことで知られるモーペルテュイに対する皮肉もある(p.383)。訳注によると

モーペルテュイは『宇宙論』(1751)の中で、「Z = BC/(A+B)」という数学の定式によって、神の創造の法則を要約していた。p.510n106

とあるのだが、この式は一体なんぞ…。最小作用の法則と何か関係でもあるのだろうか。

*1:cf. グリフィス、ステレルニー『セックス・アンド・デス』10.1節