Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

日本の起源

日本の起源 (atプラス叢書05)

 

古代から現代までの長いスパンで幅広い話題を扱っていて凄いなぁと思う一方で、対談のせいか議論の流れはグネグネしていてなかなかつかみづらい。用語法も独特でたまに面食らう。

福沢諭吉が「一身独立して一国独立す」と唱えた明治初期は、野放図な功利主義が珍しく日本でも成立した時代で、「人間なんて欲で動いてるんだし、それでいいじゃないか」という空気があった。個人単位でガンガン競争して、稼ぐが勝ちでいい。それが結果的に国力も富ませていけば、おのずと秩序も生まれてくる。p.252

功利主義」は己の利益をひたすら追求する利己主義という意味ではない、って割と基本だと思うのだが、そういう意味で使ってる気がするんだよなぁ。

あまり細かいことは気にせず、最近の研究者の間で話題になっているトピックを大づかみに把握するくらいのつもりで気楽に読めばいいのかもしれない。戦前・戦後の部分とか、なんだかんだで興味深く読めた。へぇと思った箇所をちょっと紹介してみる。

本書を貫くキーワードは「天皇制」で、それが日本史においてどんな役割を担ったのか、その功罪を検討・批判していくという感じになってる。現代の例だと、昭和天皇。彼は皇太子時代にイギリスに外遊してリベラルな立憲君主の精神を身に着けた近代人、というのが従来のイメージだった。映画「終戦のエンペラー」とか、宮台真司のような天皇主義者が描く昭和天皇像はそんな感じで、彼らは天皇の戦争責任についても批判的だ。しかし、実際はというと、著者たちも言うように(p.291f)、天皇は戦争を本心では望んでいなくてずっと苦しい思いをしていた、というのはたぶん間違いだろう*1。それどころか、昭和天皇には反近代的な側面すら見られるという。宮中祭祀に熱心で、平和の神アマテラスに戦勝を祈願した罰として敗戦を捉えていた節があるとか(p.283)。

以前、小室直樹の『危機の構造』を読んだときに学んだのは、戦時中の日本は総力戦とか軍国主義とか言っても、それは欧米と比べたら全然総力戦っぽくないのだ、ということだった。しかし、そうは言っても平時と比べれば総力戦体制っぽいものはあったわけで、それが後世にどんな影響を与えたのかは研究の価値がある。たとえば福祉政策。厚生省は1938年に設置され、傷痍軍人戦没者遺族へのケアを充実させるための組織だった(p.259f)。それから、食糧管理制度(1942年)。面白いことに、この種の制度は食糧の供給不足で価格が高騰したときに作られるのがふつうなのだが、日本では価格が安すぎると農民の支持が得られないから作られたのだとか(p.262f)。つくづく農本主義の国である…。

 

*1:例えば、吉田裕『昭和天皇終戦史』などを参照。