Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

ナショナリズムの由来

ナショナリズムの由来

ナショナリズムの由来

 

第61回毎日出版文化賞を受賞された労作という触れ込みだが…私はそんなお墨付きは信用しないよ(キリッ)。 

例えば、1950年代のアメリカでは、中核企業が国民国家と象徴的に同一視されていた、というテーゼを裏付けるため、大澤はGMの社長ウィルソンが公聴会でやらかした発言を引用する(p.222f)。

長年にわたって私はわが国にとって良いことは、GMにとっても良く、その逆もまた同じなのだと考えてきた

これは相当にいい加減な議論だろう。そもそも、この発言の文脈はこうである。ウィルソンは1952年にアイゼンハウアー大統領により国防長官に任命されたのだが、その翌年の公聴会で、彼は自身が保有するGMの株式を売るように求められた。民間会社の株式を保有していることで、国家運営の際に利益誘導が生じる恐れがあったからだ。上の発言はこの疑念に対する答弁である。しかし、デネットが言うように、これはいかにも胡散臭い主張ではないか*1。実際、ウィルソンはこのあと保有株を売る羽目になったのだ。そうしてみると、ウィルソンの主張は社会的に好意的には受け入れられなかった、とどうして言えないのか。

社会学者の間ですら、大澤真幸は「作家」であって彼の書き物には「実証性」が欠けている、という評価が広まっているようだ*2。本書は彼の作家性が遺憾なく発揮されている可能性が高い。本書を読む人は、上と同様のゴマカシが行なわれていないか気を付ける必要がある。

*1:cf.『ダーウィンの危険な思想』11.3節

*2:宮台真司ほか『システムの社会理論』p.245