Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

実質含意についてのメモ

論理学の最初で、含意(⊃)の真理表は前件が偽のときは、全体が真になると習う。このことは日常的な「ならば」の用法と食い違うことから、実質含意のパラドクスと呼ばれる。例えば、

  1. Q⊃(P⊃Q)
  2. ¬P⊃(P⊃Q)
  3. (P⊃Q)v(Q⊃P)

こういった式がトートロジーになってしまう。

もっとも、こんなのはただの取り決めだから、本当はパラドクスではない。ただそれでも、どうすれば日常的な「ならば」になるのか、という問題は残る。

3. がトートロジーになるのは、選言の解釈がおかしいからかもしれない。実際、直観主義論理では3. はトートロジーではない。しかし、直観主義論理でも1.と2.はトートロジーであるから問題は片付かない。

哲学者C. I. ルイスは厳密含意という概念を提示し、様相論理の体系を作り始めた。厳密含意(→)は

  • P→Q iff □(P⊃Q)

という風に定義される。"⊃" の代わりに"→"を使うと、1.--3. はすべて拒否できる。というのも、S5の体系ですら、1.--3.は妥当でないからである。

では、ルイスは実質含意のパラドクスを解決したのだろうか。残念ながら、そうはいかなかった。S5においても、以下は妥当であり続ける。

  • □( (P&¬P)⊃Q)
  • □(P⊃(Qv¬Q) )

EFQ、つまり矛盾からは何でも帰結するという原理は、日常的な「ならば」の用法が要求するような前件と後件の「つながり」を無視しているように見える。(厳密含意のパラドクス)

わざわざ様相論理に向かうのではなく、命題論理の範囲内で実質含意のパラドクスに立ち向かうこともできる。EFQを捨てれば2. はトートロジーでなくなる。しかし、1. はまだトートロジーである…。

シークエント計算では、EFQを導くために弱化の構造規則を使う(と思う)。そこで、弱化規則を捨てることを提案してみると、関連論理(relevance logic)が得られる。

しかし、自然演繹には構造規則などない。どうやって弱化を捨てたことを反映すればいいのか。例えば、1. を示すための正規の証明は Q /P⊃Q というものであろう。これはいかにも弱化っぽい。しかし、遠回りを許容するなら、次のような証明もできそうである。

P Q

P&Q

Q

P⊃Q

Q⊃(P⊃Q)

こういう証明図をどうやって拒否すればいいのか。その答えは連言の導入則に制限を設けることであった。つまり、連言を導入するときの連言肢は、ともに同じ前提からの帰結でなければならない、とする。

ところで、弱化に対して制限を設けるといえば、反事実的条件法でも前件強化(antecedent strengthening)が妥当な推論ではない。つまり

  • Q /P□→Q

は妥当でない。このことは、反事実的条件法が前件と後件の結びつきを捉えようとしていることと関係していそうである。しかし、それでも

  • (P&¬P)□→Q

トートロジーになる…。

Postscript (2014/1/2)

古典的な述語論理には"Drinker paradox"と呼ばれる妥当式があるらしい。Drinker paradox - Wikipedia これは次のような式である。

  • ∃x[Px ⊃ ∀yPy]

"Drinker paradox"という呼び名は、スマリヤンによる。この式が論理的に真ならば、"There is someone in the pub such that, if he is drinking, everyone in the pub is drinking." もそうなる。Wikipediaでは、このパズルの元凶といえる形式言語と日常言語の違いをいくつか挙げているが、その一つはまさに実質含意のパラドクスだったりする…。

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