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Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

ミメーシス?

宮台真司氏のこの10年くらいの文章を読むと、かなりの頻度で初期プラトン/後期プラトンという対比が登場するのを眼にすることになる。私には彼の言っていることがよく分からないのだが、この対比は、彼によると、ネタとベタというあまり関係なさそうな対比と重ねることができるようなのだ。

しかし、本当にそんなつながりがあるのか率直にいって疑問だ。哲学プロパーの人が既に何か言ってくれていると心強いのだが、管見にふれた限りでは、田島正樹氏のブログで宮台氏のミメーシス論への批判があるくらいだと思う。(ララビアータ:大澤真幸・宮台真司両氏の「正義論」

私がまず気になったのは、ペロポネソス戦争アテナイが敗北する以前・以後という対比が、初期/後期という対比に重ねられている点だ*1。年号を確認しておくと、ペロポネソス戦争はBC431年―404年で、ソクラテス裁判がBC399年であり、プラトンが著作活動を始めるのはソクラテスの死後といってよいから、初期も後期も何も、そもそも計算があわないと思う。たしかに、『国家』篇の対話年代設定は471bあたりを根拠にBC412年辺りとされているようだけれど。

また、初期プラトン/後期プラトンという対比の内容について実質的なことを言っていると思われるのは、『幸福論』という共著本のp.319n46くらいだと思われるが、この箇所の註も正直何言っているか良くわからないんだなぁ…。知性主義に傾倒も何も、『プロタゴラス』や『メノン』を少し読んだ印象から言えば、最初から知性主義じゃないのかしら。参考文献に挙がっているのは共著者の堀内氏の論文のようだが、首都大図書館に行かないと読めないとか…。それにしても、この堀内氏という人は本書をパラ見した感じだと大変な秀才のようだけど、p.81辺りの議論の展開の仕方とか見ると大丈夫なのかしら(論理学的に)。

Postscript(2014/3/8)

こういう記事を見つけた。

うーん、これは結構やばいんじゃなかろうか。何言ってるのか意味不明。

周知の通り、解剖学の創始者は14世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチだ。彼はルネサンス的世界観を体現するが、そこにおいては、古代ギリシアプラトン的世界観の影響下、マクロコスモス(宇宙)とミクロコスモス(人体)との間の対応が信じられていた。

周知の通りかなぁ。解剖なんて古代アレクサンドリアでヘロフィロスたちが人体解剖をやっていたし、ガレノスも猿の解剖とかならやってる。ルネサンス以降に限っても、解剖「学」の創始者ならヴェサリウスとかではないのかなぁ。まぁこの種のオリジナル論争は不毛だけど。

また、この引用文では「プラトン的世界観の影響下」と言っているが、そのすぐ後では

神が全能でスゴイから〈世界〉に秩序がある──こうしたキリスト教的世界観を否定するのが、初期ギリシアを参照するルネサンス的世界観だった。

まさか、プラトンは初期ギリシャではないよねぇ…。