Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

意味論って…何?

個人的には、よく聞くけど、結局のところあまり理解できていない概念の典型がこれ。`semantics’という言葉は、ギリシャ語で「記号」を意味する言葉に由来する。モリス以来、言語学では構文論と意味論と語用論という3つの区分分けが成立したという話だ。構文論は文法みたいなもので、意味論は言葉の意味を研究する、と。ふーん。

もう少し細かく分けると、特定の言語の意味に関する理論は意味論的理論semantic theoryと呼び、言語学の中で意味の体系的研究を扱うものを意味論semanticsと呼んで区別するようだ*1デイヴィドソンの理論は前者に関係しているのかしら…。

ただし、ウリクトによると、現代哲学で「意味論」という名で通用しているのは、主に、意味論的といわれる諸概念を研究対象にしている。意味論的概念とは、意味・名・単語・文・真理などだという。それらの概念は、言語の論理的構成に関する理論の基礎となる概念なのである。なお、現代の哲学的意味論の先駆者は、いうまでもなくフレーゲとラッセルである…*2

まぁこういった、いかにも言語[哲]学っぽい分野のことを指しているのかと思いきや、全く別の文脈で目にすることもある。例えば、ラブジョイ。これって言語学の意味論とは全くの別物という理解でいいのかなぁ…。

社会システム理論では意味論semantics という概念が枢軸を成す。この概念は歴史学の観念史研究に由来する。例えば「生徒」という概念は独立自存せず「先生」「学校」…などの諸概念からなるパッケージの中で初めて意味を持つ。このパッケージを意味論という。
意味論の構成要素はワンワードに対応する概念のみならず「先生を敬うべし」「生徒の心を理解すべし」といったコード(指令情報)や価値観(評価情報)も含み得る。観念史という場合、個別概念や命題ではなくこうした意味論的パッケージの変遷をさす。*3

ところで、話が思いっきり変わるようだけど、昨日は9.11テロの10周年だった。それでふと思い出したんだ、こういう記述を見たことがあるのを…。

それぞれの共同体が、ときに命にかえて守ろうとしているのは、それぞれの共同体にとっての「意味の世界(ゼマンティーク)」(二クラス・ルーマン)をまさに有意味化するような、中核的で深遠な価値である。*4

*1:クレイン『心は機械でつくれるか』p.209

*2:『論理分析哲学』pp.250f

*3:宮台真司『世界はそもそもデタラメである』p.119f

*4:大澤真幸『文明の内なる衝突』p.68