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Skinerrian's blog

論理学・哲学・科学史・社会学などに興味があるので、その方面のことを書きます。更新は不定期。

全射とか単射とか顔射とか

以前、先輩から「離散数学ムズいね。全射とか単射とか顔射とかワケわかんね」というメールをもらったことを思い出した。今日は全単射の話をしてみる。

無限論の教室 (講談社現代新書)

無限論の教室 (講談社現代新書)

この本は図形的に一対一対応を説明している。手元に本がないので正確ではないかもしれないけど、[0, 1)と[0, ∞)に一対一対応をつけるために、何というかこう、線をクネっと曲げて、無理やり全単射をとっていた気がする。最初に読んだとき「何かズルい」と思ったのを覚えている。

実際には、円くするのにはもっともな理由がある。y = tan (π/2 x)とすれば、[0, 1)と[0, ∞)との間に全単射がとれる。ただ、図形的なイメージに頼りすぎると、例えば、[0, 1]と[0, 1)との間にどうやって対応をつけたらよいのか分からなくなる。位相的な性質が違うから…。

こういうケースは、初見だと思案のしどころ。場合分けをして、(1/2)nの場合には(1/2)n+1をもってきて、それ以外の場合は恒等写像をとるとか、多分そういうことになる。迷ったらカントール・ベルンシュタインを使うという手もあるだろうけど…。

ところで、全単射といえば、野矢氏の好きな『論考』にも関連する箇所がある。

3.332 いかなる命題も自分自身について語ることはできない。なぜなら、ある命題記号が当の命題記号自身のうちに含まれることはないからである。

なぜ命題記号の中に命題記号が含まれないのかといえば、命題記号の長さは<有限>であるため、真部分集合と一対一対応が作れないから。